1月4日(火) 1日目:長い長い移動日(岩泉〜シカゴ)


 出発前日の1月3日は、大晦日からの大雪で国道455号線が大型車通行止めになっていましたが、夕方までに通れるようになったということで、朝7時の出発となりました。出発式は省略しましたが、出迎えてくれた多くの保護者や関係者の方々に見送られながら出発。

 盛岡駅から10:41発の東北新幹線はやてに乗って一路東京へ。驚くべきことに、岩泉中生徒の担任の先生が駅まで見送りに来てくれました。新幹線の中では、親からの励ましの手紙が手渡され、思わず涙ぐむ生徒もいました。

 東京駅から13:33発の成田エキスプレスに乗り換え、成田空港へ向かいました。車内では、いやがおうにも海外渡航への期待が高まります。

 成田空港まで随行してくださったHさんの案内で、建設中の東京スカイツリーをカメラに収めることができました。

 14:27に成田空港に到着し、宅配便で送ってあったスーツケースを受け取り、必要な生徒は荷物の入れ替えを行いました。チェックインの際、ユナイテッド航空の預け荷物重量制限(23kg)をオーバーしてしまった生徒が出たりして多少ゴタゴタしながらも、無事、出国審査を終えてロビーへ。

 出国ロビーではかなりの待ち時間がありましたが、沈みゆく美しい夕日を見ながら搭乗時刻を待ちました。

 いよいよ搭乗が始まり、ボーディングパス(搭乗券)に記されている番号(1〜4)順にジャンボに乗り込みました。

 18時過ぎに飛行機は離陸し、シカゴへ向かいました。機内食は、20時頃(左写真)、0:30頃(中央)、そして翌5日午前4時(現地時刻は4日13時)頃に出ました。2・3回目の機内食は、熟睡中で食べそこねた生徒もいたようです。

 機内では、大画面での映画や音楽(映画の言語や音楽のチャンネルは、各自のスイッチで切り替えられる)が楽しめ、ときどき飲み物も提供されましたが、やっぱりエコノミークラスは狭く、食事のあとのトイレ行列にはみんな閉口していたようです。

 現地時刻4日10時(日本時間5日午前1時)頃、機はシアトル西の海上を速度1,050km/h、高度10.390m、外気温-55℃を飛行中で、シカゴまであと3時間57分とのことでした。(メモより)

 離陸から11時間少々の飛行時間で、現地時刻4日14:15(日本時間5日5:15)過ぎにシカゴのオヘア空港に着陸しました。

 米国への入国審査のところがなんと、超満員! 飛行機を降りる際に時間差ができてしまい、遅いグループを待っているうちに次々と別の飛行機から入国客が押し寄せたのでした。入国審査官の夕食時刻とも重なり(人のいないブース多数)、入国審査を受けるまで待つこと、なんと3時間!(しかも、日本時間では6日午前5時半頃からの3時間!) 入国審査では、会話はもちろん虹彩や指紋の写真撮影まで加わり、かなり戸惑った人もいたようです。

 「入国審査官の写真を撮ると最悪の場合逮捕される」というので、このときの写真は撮っていませんが、入国するやいなや私の携帯電話がアメリカの電話会社(AT&T)に切り替わったのには驚きました(下の写真、後日撮影)。

 すっかり予定が狂ってしまったので、シカゴ市内の見学(ウィリスタワー、前のシアーズタワー)をキャンセルしてホテルへ直行しました。ガイドのワタナベさんは一生懸命シカゴ市内の説明をしてくれるのですが、生徒たちは...眠い。シカゴでは600年以上地震が起きないのでウィリスタワー(元シアーズタワー)のような高層ビルを安心して建設できることや、シカゴ大学は世界最多となる80名のノーベル賞受賞者を輩出していること、2階建て列車「メトラ」についての情報などが話されました。Hさんの「外人がたくさんいる!」がおもしろかった。そりゃそうだ。

 20:30からの夕食をロビーで待ちましたが、向けられるカメラに精一杯の笑顔。夕食は疲れと眠さ、そして野菜サラダ・パン・ラザニアと甘〜いデザートであまり口に合わなかったらしく、いつも食欲旺盛な生徒でもあまり食べられなかったようです。

 部屋の窓からは、多分ウィリスタワーだろうと思われる高層ビルが見えました。

 朝7時に岩泉を出発してから、シカゴ(日本との時差−15時間)で23時に就寝するまでの時間は約31時間。長〜い一日でした。しかも、この後時差ボケで夜中の3時半に目が覚めてしまい、その後寝られなくて困ったのは私だけではなかったでしょう。


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