自己紹介 About myself



ニックネーム

 ニックネームは「Akii(アキー)」です。アメリカに留学していたときのルームメイトであるボブとビルにつけてもらったものですが、生徒はすぐに変なあだ名を付けるので「アキー先生」と強制的に呼ばせてきました。

 発音は「ハッピー」のようなアクセントで「アッキー」ではなく、 'a key(1つの鍵)' と同じく「キ」にアクセントをおきます。

性  格
 おっとりマイペースですので、せっかちで攻撃的な性格の人は苦手です。1つのことに打ち込むのが好きで、たくさんのことを同時にこなすのは不得意です。

 自分ではネクラの性格だと思っていますが、声のトーンが高いせいか、明るい性格だと言われることが多いです。優柔不断で、細かいことをくよくよ悩むことがよくあります。

 整理整頓が好きで、あちこちの職場で職員用図書だの不要な書類だのを片づけてきました。

英語教師
 大学時代の留学経験を生かして、特に「聞くこと」と「話すこと」に重点を置いた授業を展開してきました。外国人と直に英語でコミュニケーションをする際、まずは聞き取れなければ話題について行けず、次に話せなければ自分の意志をうまく伝えられないことを身を以て実感していたからです。

 そこで、授業の始めにはSmall Talkという日常会話を行い、新出文型のパタンプラクティスの際には黒板に樹形図を書きながら口頭練習を行い、聞き取りとしてちょくちょく洋楽を聴かせ、たまにはE.T.などの字幕入りの映画を見せたりしていました。

 初めて引率した県英語弁論大会で生徒にかわいそうな思いをさせてしまった反省から、後半は英語弁論への取り組みにも力を入れ、岩泉町の暗唱大会で金賞を受賞させたり、県英語弁論大会で優勝して高円宮杯全国中学生英語弁論大会に連れて行ってもらったりしました。

 「英語が使える日本人」の育成が騒がれていた平成15年、岩手県教育委員会は日本に先駆けて公立高校入試に英会話を取り入れました。「自分の時代が来た!」と大変喜んだものですが、試験の中身は日常会話というよりは英検3級の二次試験と似ていて、しかも2日間かけて行った入試が「受験生の負担になる」ということで3年間で取りやめになってしまい、非常に残念な思いをしました。

 その後、学習指導要領の改訂から、やはり「読むこと・書くこと」を軽視できないという風潮になり、ついでに岩手では教科書がNew Horizonから全くポリシーの異なるSunShineに変更となり、生徒の英語力をきちんと規定するCAN-DOリストを活用した授業展開をする流れになっています。中学1年生はすでに小学校で英語の授業がスタートし、教科書に出てくる単語もハンパなく多くなったため、過去の「英語を楽しみながら学ばせる」ということができなくなったのが個人的には残念です。

趣  味

 一番凝っているのは写真。デジカメを常に持ち歩き、学校行事、美しい(珍しい)風景、家族旅行の時などあらゆる場面で撮影しています。(腕以外は)学校専属のカメラマンみたいに生徒の活動の様子を撮影することがよくあります。

 中でも、常にやりたいと思っているのは天体写真撮影。山形中時代・釜津田中・和賀西中時代は、暗い空の元でたくさん撮影できました。また、釜津田中時代には野山に咲いている花にも心を奪われました。

 その他映画鑑賞、ギター、作曲(DTM)など、趣味はたくさんあります。ただし、ギター・作曲に関しては最近お留守です。

パソコン歴

 パソコンはずっとマックで、一日たりとも起動しない日はありません。1994年の春に初めて購入したLC575から現在のMacBook Proまで、合計10台を超えるMacのお世話になってきました。OSの方も漢字TALK7.1から始まり、現在はMacOS 10.6.8です(PowerPCコードで書かれているソフトがあってRosetta環境が手放せないため、10.6でストップ)。

 常に斬新であり続け、所有すること自体が喜びとなるぐらいのデザインもさることながら、ワープロ、表計算、画像処理、データベース、グラフィックス、DTM、音声処理、DTP、メール、ホームページ鑑賞/作成、動画編集、DVD映画鑑賞、インターネットラジオ、そしてiTunes/iPodの授業への活用など、私がやりたいと思った数多くのことを可能にさせてくれているすばらしいパソコンです。

 現在所有しているMacBook Pro(15インチ)にVMware Fusionをインストールして、MacOS10.6とWindows 7(一太郎文書等どうしてもWindows環境が必要なときのみ)を併用しています。

好きな言葉

 「和を以て尊しとすべし」がお気に入りです。極力争いごとを避け、みんなで仲良くやっていくという生き方が理想ですが...なかなかそうはいかないのが世の常。

海外渡航経験

 1982年の夏に初めての海外。イギリスのブライトン市にて、ホームスティをしながらEnglish Language Centreという英語学校で、3週間ほど語学研修をしてきました。

 2回目は1983年9月から翌年6月までアメリカのミネソタ州立大学ドゥルース校(UMD, University of Minnesota at Duluth)に10ヶ月間留学しました。留学期間の最後にはグレイハウンドバスにて、1ヶ月かけてアメリカを一周しました。

 3回目は1991年の夏休みに、オーストラリアの南東部〜中央部(エアーズロック)方面へ新婚旅行に行ってきました。

 4回目は1992年の春休みに、北上市の「中学生短期海外派遣事業」によるホームスティプログラムに参加した16名の中学生を引率して、アメリカのニューヨーク〜コネチカット州アンソニア市を訪問しました。

 5回目は、アメリカ見聞録にも記載しているとおり、2000年の秋にフロリダ州〜カリフォルニア州方面へ学校訪問と地域視察を兼ねて訪問しました。

 6回目は、海外短期留学のとおり、2011年の正月に、岩泉町の「海外短期留学事業」によるホームスティ事業に参加した10名の中高生を引率して、アメリカのウィスコンシンデルズ市〜ニューヨーク〜ワシントンDCを訪問しました。

 7回目は、ヨーロッパかエジプトに行ってみたいと思っていましたが、2011年にエジプトで暴動が起きてしまいました。次あたりは、家族旅行で英語圏でしょうか...と思っていたら、2013年春に予定していたニューヨークへの家族旅行が、私の転勤により私抜きの家族旅行になりました(泣)。

 海外、特にアメリカに行くと必ずやるのがFM放送局のエアチェック。87.5MHz〜108MHzと、使われている周波数が日本とは異なるのですが、例えばニューヨークでは普通に30ぐらいの放送局が受信できます。局によっては、ニューヨークのZ100(100.3MHZ)のように、ほとんどしゃべりなし+コマーシャルなしで、一日中最新の流行曲ばかり流している所もあります。

その他いろいろ

 短距離走が小・中学校時代の得意技で、小4の時に100m16秒0で石鳥谷町の新記録、中3の時100m12秒3が最高記録、200mでは25秒2で県8位になりました(決勝でビリ)。

 スポーツは小6〜高3までサッカーを続けてきました。最初はフォワードの右側でしたが、中2からはフルバックでした(不器用だったため攻撃は無理)。教員になってからは、上野中2年目から山形中までの19年間ずっとサッカー部の顧問をしてきました。素晴らしい選手とコーチに恵まれた年には、県大会にも何度か行きました。

 小学校2・3年の時の担任(佐々木先生)が私たちに作曲法を教えてくれたので、中3の頃からギターを使って作曲をし、教員になってからは生徒が作った曲にパソコンのDTMソフトを使って伴奏をつけたりしていました。中学〜高校の頃はフォークソングが流行していて、特に岩手出身のNSPの曲はよく歌っていました。

 小6の時に初めて買ってもらったラジカセによって、オーディオの世界にのめり込みました。詩や曲というよりはサウンド、特に重低音を追求していました。近所のゴミ置き場に捨てられていたテレビを拾ってきてスピーカー部分を取り外し、段ボールのミカン箱に埋め込んで鳴らしてみたり(結構いい音がした)、友人から買ったスピーカーユニットを自作のエンクロージャーに取り付けたりしました。高校の頃には、放課後に花巻市内の電気屋さんに行っては、サンパチ2トラのオープンリールデッキ+JBL4333で素晴らしい音質を試聴させてもらっていました。そのうち、パイオニアのステレオPROJECT700を、のちにソニーのカセットデッキTC-K6を買いました。ステレオ本体は横幅がゆうに1mを超える大きなセットでしたが、現在はコンパクトなiPod等で、同程度の音質がいつでもどこでも楽しめるのは驚異です。

 FM放送には大変お世話になりました。特にお気に入りだったのは、土曜日午後3:10から始まるNHK盛岡放送局の「FMリクエストアワー」。小6あたりから毎週欠かさず聞き、お気に入りの曲は録音(「エアチェック」と言っていた)していました。この時、役立ったのが「FMレコパル」というFM情報雑誌でした。

 雑誌といえば、「天文ガイド」も小学生〜大学生の頃まで10年以上買い続けました。マックにのめりこんでからはMac UserMac Fan等を欠かさず読んでいました。

 大学の頃からずっと吸っていたタバコ、ずっとやめたいと思ってきました。2001年3月21日から4ヶ月続いた禁煙が破れた時は「もう一生やめられない」と諦めましたが、2006年7月7日を機にきっぱりやめることができました。(家内はもちろんですが)一生懸命やめさせようと私に何度も声がけをし、私の禁煙に決定的な一言をくださった佐々木Y所長さんには、心から感謝しています。

仕事歴

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