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2009年7月


31日(金)〜8月1日(土) 家族旅行

 久しぶりに、夏の家族旅行がディズニーリゾートではない場所になりました。行き先は、歴史をたくさん勉強でき、娘も来年度に修学旅行に行く予定の仙台。

 駅レンタカーを借り、はじめに仙台市博物館へ。

 平城京の時代には、青森から群馬あたりまで、蝦夷(えみし)の住む陸奥と呼ばれていたことを知り、軽いめまい。

 昭和時代の駄菓子屋さんを再現した建物も展示されていて、下の写真の風景を見てなんかほっとしたのは、年のせいでしょうか。

 次に、松島水族館へ。私にとっては何度も行ったことのある場所ですが、印象に残ったのが下のチゴガニのダンス。

(Quicktime movie 4.2MB)

 アシカのバランス感覚の良さも記録しておきましょう。

(Quicktime movie 4.2MB)

 仙台市内に宿泊し、2日目は秋保温泉近くに新築オープンした仙台市天文台へ。

 夫婦そろって天文部出身なもので、見るものすべてが興味津々。

 圧巻だったのは、日本第3位の大きさを誇る1.3m反射望遠鏡でした。集光力は9万倍を超え、肉眼では1.5が普通である視力(分解能)は60ぐらいもあるとのこと。残念ながら曇っていたので、太陽の姿さえ見られませんでした。毎週土曜日の夜には一般市民ものぞけるようです。

 リニューアルしてものすごく大きくなったプラネタリウム。盛岡市のこども科学館のプラネに比べると、説明が小学生でも理解できる内容になっていると感じました。

 最後に、もう少し山形県方面に走って仙台ハイランドへ。名前のごとく高原地帯にあるため、ひんやりというよりは寒いほどでした。

 レンタカー返却時に急な用事が入ったため、予定よりも2つ早い新幹線の自由席に乗って北上に帰りました。


28日(火) プール当番

 本校にはプールがないので、生徒は、水泳の授業や夏休み中は3.5km離れた小学校まで泳ぎに行きます。授業日はスクールバスでの移動となるため、2時間まとめ取りで授業を設定したり、スクールバスの手配をしたりとなかなか準備が大変。

 夏休み中は小・中教員と保護者2名が協力してプール当番をしますが、今日はお母さん2名+私の当番でした。小学校の校長先生はやる気満々で(本校の校長はバレー大会に燃えるタイプ)、町の水泳大会に向けて上手に児童に泳ぎ方を教えていました。O先生も、もちろんスイミングスクール並みの教え方です。


26日(日)〜27日(月) PTA親子行事

 PTA親子行事の当日を迎えました。朝9:15の開会式の後、まずは子供たち20人がお母さんたちの助言やお手伝いをいただきながらのカレーライス作り。ジャズバンド20名分を合わせて70食を4つの班で作り、とてもおいしくできました。

 昼食後、午後1時からは、花巻からいらしたビッグバンド「花巻リズムヤンガー」によるジャズ演奏。「ムーンライトセレナーデ」「虹の彼方に」「A列車で行こう」ほか有名な曲を次々と演奏していただきました。楽器紹介などの語りの最中には、キーボードの方が本校の校歌をずっと弾いてくれていました。

 観客は全部で約90名、人口の少ない釜津田にしては大量の参加でした。もしかしたら、これだけの大音量が鳴り響いたのは、釜津田中学校始まって以来のことだったかもしれません。

 (Quicktime movie 17.1MB)

 リズムヤンガーの皆さんが帰途についた後、レクの野球をしようとしたところ突然の土砂降り。仕方なく、体育館でユニホックをすることになりました。

 午後4時からの飯ごう炊さん+テント設営もできず、子供たちは少し暇になってしまいましたが、午後6時にはお母さんたちが腕をふるった夕食が完成。昼食で残ったカレーライスのルーを使った「カレーひっつみ」は傑作。

 午後7:30からの星を見る会もできなかったので、音楽室でステラナビゲーターを使ってバーチャル星空探検〜かくれんぼ〜花火大会と続きました。

 午後9時半頃、子供たちは就寝。しかし、校舎内は暑くて非常に寝苦しく、高学年〜中学生のそばで寝た私は、(子供たちが午前1時過ぎまで話をしていたのも手伝って)あまり眠れませんでした。

 翌朝6時起床でしたが、子供たちは5時過ぎには起きていました。6時ちょっとすぎ、予定よりも早く解散となりました。この月曜日、私は日直でした(泣)


25日(土) 準備、ほぼ完了

 明日から始まるPTA親子行事の準備が大体整いました。小中合同のPTA組織で企画したもので、下のポスター制作から鍋の借用に至るまで、非常に多くの仕事に振り回されっぱなしでした。しかし、いかんせん停滞前線の影響で日本中の天気が良くありません。

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24日(金) 1学期終業式

 いろいろあった1学期、体調を崩した生徒や小さなけがはありましたが、全校生徒7人、無事に終業式を迎えることができました。


23日(木) 校内弁論大会

 全校生徒数は7名と、昨年度(10名)よりもさらに少ない生徒数ですが、全員発表による校内弁論大会がありました。どの生徒も(おとなしい釜津田の生徒とは思えないほど)自分の考えをはきはき述べるとても立派な発表で、国語教師の努力が忍ばれました。


22日(水) またも...日食は見られず(泣)

 いよいよ今日はトカラ皆既日食当日。岩手でも6割ほど欠けた部分日食が見られるとのことで、なんとか晴れないかと何度も外に出てみましたが、周囲の山にはガスがかかり、結局最後まで厚い雲に覆われていて、欠けた太陽は全く見ることができませんでした。職員室に生徒たちを呼んで、一緒に皆既日食の様子をテレビ中継を見ているしかありませんでした。

 「残念!」とあきらめていたところ、信じられないニュース! なんと、わずか3.5km離れた釜津田小学校で10分ほど薄い雲から見られたというのです!! もうやだ。もおーーー、やだ。(滝涙)

 トカラ列島もだめだったようです。遠征したわけではないので実害はありませんが、今日一日だけは晴れてほしかった


21日(火) 忘れもしない1984年5月30日

 日食といえば、アメリカ滞在中の1984年に南東部の方で金環日食がみられるという情報を得て、グレイハウンドバスの1ヶ月フリーパスを使って、アメリカ一周した際のコースに組み入れたことを思い出しました。ノースカロライナ州グリーンズボロアラバマ州アレクサンダーシティなどでは晴れたようですが、私が選んだバージニア州ピータースバーグでは、大雨でした。

 当時、そのバスディーポに来る長距離バスは1日3便しかなく、日食開始前に移動することは不可能、激しい雨でレンタカー業者まで歩いて移動することもできず、金環食になっているだろう時間帯に、周りがかなり暗くなったことだけしか分かりませんでした。

 あまりに悔しくて、「せめて晴れた地域の新聞を買いに行こう」と思い立ち、アパラチア山脈を越えるバスに乗ってアトランタやナッシュビルに行った時に買った部分日食の写真が入った新聞が入ったカバンを、その後ニューヨークのバスディーポで置き引きされたっけ...(泣)


17日(金) 太陽の試し撮り 〜 蛍の光

 22日(水)の部分日食を控え、昼休みに試し撮りをしてみました。現在ガイド鏡として使っているビクセンの6cmF9屈折鏡(f=540mm)に、いつだったか手に入れて使わないままになっていたミザールの新星アダプターを介してKissX2を取り付け、望遠鏡専用サングラスをつけたOr-12.5mmアイピースを使ってリレーレンズ法とし、時間がないので手持ちで撮影したのが下の写真です。自動撮影にしたらISO=800相当+1/50秒露出となり、かなり露出オーバーみたいです。ISO=100相当で1/30〜1/125秒あたりだと適正露出かなぁ...。

 ※注 これを使わないと、強烈な太陽のパワーにより、カメラのファインダーをのぞいた瞬間に一発で失明、または撮影した瞬間にカメラの受光素子が破壊されます。

 手持ちなのでセンタリングが怪しいし、黒点が1個もないのでピントも怪しいですが、まあまあ写ることだけは分かりました。これだとちょっと大きすぎるので、本番は控えのガイド鏡である6cmF7屈折鏡(f=420mm)を使うことにします。

 夜、校長先生を誘って、学びの森に蛍を見に行きました(一人では怖くて行けなかったもので...)。予想よりは多くありませんでしたが、いたいた。数十匹の蛍の光が森のあちこちで明滅していました。星とはちがって飛び回るので、ISO=800の30秒露出ではほとんど写すことができませんでした。


15日(水) 学校ホームページ更新作業開始

 本校には10年以上前からホームページがあります。この学校に赴任することを知り、初めてホームページをのぞいたとき、こんなに小さい学校なのにホームページが存在していたことに驚いたのは当然ですが、学校周辺を撮影した写真を見て「こんなものすごい山奥なのかー!」と恐れおののいたのを思い出します。

 更新担当者が転出してから1年間、全く更新作業が止まっていたので、進度に余裕がある3年生の英語授業を使って更新することとしました。当然、日本語ページに加え、英語でのページも同時に作成する予定です。たった2人の3年生ですが、英検3級を合格すると思われる英語力を有しているので、本校の年間行事をどんな英語で書き表すのか、とても楽しみです。


13日(月) 強風

 台風並みの低気圧のせいで、今日は釜津田でもものすごく強い風が吹き、職員室の窓が割れやしないかと冷や冷やしていました。職員室の窓は割れませんでしたが、校舎と川の間にある高さ3mほどの柳の木2本が、根本から倒れてしまいました。


11日(土) 学びの森整備作業 〜 親子行事検討会 〜 薪割り作業

 いよいよ当日、車に混合油や草刈り鎌、長靴などを積み、7:40には学びの森に到着。しばらくして、児童生徒・教員・保護者・カブダの会(森林保護活動をする団体)会員など合計40名ほどが集まりました。佐藤さんの挨拶と説明を聞いてから活動開始。

 トイレ掃除班は、沢の水をバケツにくんで掃除。

 お父さんたちが草刈り機で刈った草を集めて捨てるのも、子供たちの仕事。お母さんたち、教員はめいめい手持ちの鎌で草刈り。

 終わってから、閉会式で活動終了。私のジュースを取りに行くタイミングが微妙でした。このあと、保護者と子供たちで夏休みの行事相談会を開きました。なぜか、準備した資料の部数が多すぎました。

 各自が昼食後、今度は中学校に移動して2年に1回の薪割り作業。小学校には暖炉がありません(よってこの作業もない)が、PTAの活動ということで小学校の保護者や先生方にも手伝っていただきました。中庭に積まれていたナラの木材をチェンソーで薪の長さ(30〜40cm)にカットし、それを1トンはあろうかという2台の薪割り機とまさかりで割っていく作業です。中学生とお母さんたちは、できた薪を一輪車で運んでピロティに積む作業。

 私もまさかりを使ってみましたが、予想よりは気持ちよくパカーンと割れて楽しかった(すぐバテたけど)。お父さんたちは慣れた手つきで、超高速で薪割りをしていました。

 これが2時間半の努力の結晶です。これが2年間、校舎内にある暖炉の冬の間の燃料となります。


10(金) 2手、3手先を読む?

 日々の目の前のことに忙殺され、明日の「学びの森整備作業+薪割り」の準備が遅れがちになってしまったので、ある人から「2手、3手先を読んで動いた方がいい」というアドバイスをいただきました。しかし、そんな神業をやる能力と余裕がないのが実情です。

 今日も、文書連絡関係は終わっていたのですが、薪割り機の借用確認、飲み物の注文、チェンソーのチェーンオイルと草刈り機用混合油の購入など、2時間目の授業が終わってからバタバタと処理しました。

 笑い話を一つ。チェーンオイルを買いに行ったマッカラー商会というお店で、「チェーンオイルは刷毛か何かでチェーンに塗るんですか、それとも何か容器にオイルを入れてチェーンを浸すんですか?」というアホな質問をして大笑いされました。(答え チェンソーには車のエンジンオイルのようなタンクがあり、自動的に注油される)


9日(木) Thriller 〜 こんな日に限って 〜 クラッシュ

 今日は週1回あるALTの訪問日。先月末、突然亡くなったマイケルジャクソンを偲び、数年前iTunesにダウンロードしていたスリラーのミュージックビデオ(約14分)を各学年の授業で生徒に見せました。テレビ報道では数秒しか流れないのですが、生徒たちには全体のストーリーが見えたようです。私の留学中に大流行し、通算1億500万枚(ミリオンセラーの105倍)も売れた曲とのことですが、かれこれ26年ほども経過した現在でも古さを感じさせないのはさすがです。

 今日の忙しさといったら、息もつけぬほどでした。ALTとの授業が連続3時間あるこんな日に限って、提出書類が戻ってきたり、別の書類提出を忘れていたことが判明したり、予期せぬお客さんの来訪やクレームの電話が入ったり、大急ぎで文書を作成して小学校に届けなければならなくなったりします。結局、昨日の研修会の復命書作成に取りかかれたのは、午後6時を過ぎてのことでした。

 話変わって、ホームページのファイル数が3,000を超えたあたりから、コピペの最中に作成ソフトがクラッシュするようになってきました。1時間もかけて更新作業をしている最中に、下のようなダイアログが出てくると「がっかりだよっ!(古いとか言わない)」状態になります。ファイル数3,300を超えている今日は、なんと2回もクラッシュ。OSをアップデートしろ、ということかな。


7日(火) PTA中学校委員会+臨時PTA役員会

 今晩はPTAの会議があったので、昨日の打合せ通り先生方と冷風麺を作って夕食としました(えへへ、私のリクエストが通っちゃった)。1人2玉分食べて満腹。

 食べ終わった直後、会議数分前まで嫌なことがありましたが、定刻通り会議開始。主な議題は26日(日)の夏休み親子行事について。結局、当日は午前中に昼食(カレーライス)作りと昼食、午後1時から 2時30分までリズムヤンガーのコンサート、3時からスポーツレク、4時からテント設営と夕食作り及び夕食、7時30分から第2回釜津田の星を見る会、8時30分頃から花火、9時テントで就寝、翌朝6時起床、6時30分解散というハードスケジュールをこなすこととなりました(滝汗)


6日(月) 岩泉高校授業研究会

 3月に本校を卒業した生徒の様子を見るのと、地元の高校での英語の授業の様子を知りたいのとで、岩泉高校に出かけました。授業はOC1(Oral Communication 1)でしたが、本校の2名の卒業生は、ペアのスキット発表を予想よりはるかに流暢にこなしていて驚きました。また、岩泉高校ではこのような(中学校でALTとよくやる)口頭でのコミュニケーション活動を、きちんと行っているのを見て安心しました。町内の中学校からは、ベテランのE先生とH先生がやっぱりいらしていました。


5日(日) バレーボール大会

 いよいよ当日。PTA保体補導委員会主催の大会となっていることから、事務局の私は7:30頃には会場の釜津田小学校に到着していました。次々と人が集まってきて、準備ができたところで開会式。その後、さっそく試合が始まりました。

 試合は地区選抜チーム・教員・中学生合計6チームと、少し高齢者+小学生の混合チームが5チームの2ブロック制。私は、教員チームでも高齢者側のメンバーでした(は? そんなに精神的に幼稚なのに高齢者側?とか思った者、一歩前へ)。それで、25点の3セットマッチであっさり2セット取られておしまい。

 しかし、生徒たちはがんばりました。中総体前から練習を始め、校長先生の猛練習に一生懸命耐えてついてきた成果はあったと思います。結果は残念ながら3位決定戦で敗れて4位。それにしても相手のチーム、うまい選手が利き腕と逆の手でスパイクを打っていたり、校長先生が「(相手チームのフェイントなどのプレーに)大人げないなあ」とか「(鋭いスパイクを打った相手選手に)K一君、それはないべ?」とかいうもんだから、非常にやりにくかったと思います。でも、相手の外椀下のチームには、中学生の実力を発揮する機会を与えてくださり、心から感謝です。これが、釜津田の人々の優しさです。

 大会終了後は、昨年同様、3地区(中居村、唐地、外椀)の打ち上げを回りました。ラストの外椀は、例年通りAKIさんの自宅庭で。ビネ君に(焼き肉の味がする)口の周りをベロベロなめていただきました。早めに酔いが回ってしまい、9時前には帰宅しなければならなかったのが残念です。ま、翌日は仕事もあったし!(泣)

 試合の合間に、地域の方々がボランティアで作ったひゅうず餅が配られました。私がいただいたのは「made in 唐地地区」でしたが、すぐ食べてしまうのがもったいなくて、写真を撮ってからゆっくり食べました。クルミが多くて、うまいっ!


4日(土) お買い物

 明日はバレーボール大会があるため、今週末は北上の自宅に戻るのを控えました(結局、昨夜1,200枚を超えるチラシが完成したのが夜遅くであり、帰れなかった)。食糧を仕入れに岩泉の町までドライブ。行き帰り、またも「道ばたの花の写真を撮りたい症候群」に襲われました。メマツヨイグサがあちこちで素晴らしい花を咲かせ始めています。

 途中、廃校になって現在は岩泉町立歴史博物館になっている元岩泉高等学校小川分校に立ち寄ってみました。もったいないほど立派な校舎です。


3日(金) コンサートのチラシ作成

 今月の26日(日)、本校では大きなPTAのイベントがあります。校長先生が企画・立案した花巻リズムヤンガーというジャズのビッグバンドによるコンサートです。今日、依頼されたチラシが完成しました。著作権の関係でこのサイトに掲載はできませんが、私のホームページのトップにある影文字の技(下のようなやつ、Photoshopのレイヤーとぼかしですぐにできます)を使って高級感を出し、夏らしく水玉模様をちりばめました。

 そのチラシを見た養護教諭のT先生(週1回、本校に来る)に、「先生らしいチラシですね」と言われました。どういう意味だろう? もしかして、水玉か???


1日(火) バレーボール練習2日目

 5日のバレーボール大会に向け、地区の方々と同様に教員チームも2日間の練習をします。昨日に引き続き、今日は本校での練習でしたが、いかんせん本校のバレーボールは痛い! 校長先生によると、「小学校のボールは空気が甘い」とか言うのですが、それだけではないこの痛さ。アンダーハンドでレシーブをしたときのあの痛さ、まるで血管がぶっちぎれてしまうような感覚なのです。S先生は、白魚のような両手の手首にしっかり点状のアザができていました。


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