星との出会い History


 私と星との出会いは、小学校3年のときのことです。実は、星そのものよりも、かっこいい天体望遠鏡との出会いがきっかけでした。友人の部屋にあった「天文ガイド」という雑誌を初めて見て、天体望遠鏡(ミザールのニューアポロという口径68mmの屈折赤道儀)のかっこよさに心を奪われたのでした。


 以後、中学〜高校〜大学と毎日のように星を見続けて(写真も撮り続けて)きました。中学生の時は同じ趣味の人を見つけられませんでしたが、高校では紫波町・矢巾町などの友人4名と情報交換したり一緒に星を見たりしました。岩手大学では天文部に所属し、たくさんの仲間と活動することができました。区界高原などでも活動しましたが、私の興味の中心は天体写真撮影であり、しかも自宅の庭での撮影がほとんどでした。

 就職してからは、夜中まで望遠鏡をいじっている暇もなく、百武彗星、ヘールボップ彗星、皆既月食、流星群、火星大接近などの大きな天文現象がある時だけの活動になってしまいました。中学生の頃から声をかけていただいている石鳥谷の佐々木一行さんが主催する「星の喫茶室」にも混ぜていただき、盛岡市こども科学館で開催される天体写真展にも、たまに天体写真を出品させていただいています。


 2004年4月、市街光が気にならない山形村で勤務することになった瞬間から、星見への意欲が再度もりもりと湧いてきました。「おおの星を見る会」の阿部先生からお声をかけていただき、グループで活動する楽しさも久しぶりに味わうことができました。平庭高原では、スキー場の駐車場で村民向け向けの星を見る会を開催したり、修学旅行生(学習院中等部)向けに星を見る会を頼まれたりもしました。平庭高原の富士見平または荷軽部地区の牧場付近にスライディングルーフ付きの天文台を設置してみたいと思ったりもしましたが、たったの2年間で山形村を去ることになってしまい、実現できませんでした。

 2008年4月からは、岩泉町釜津田という山に囲まれた絶好の星見場所に勤務することとなり、学校の校庭で冬の天の川やM33の存在が肉眼で確認できるという好条件を生かし、一部機材を入れ替えたりして写真撮影を続けました。ささやかながら地域住民向けの星を見る会も企画し、2度ほど開催できました。

 2011年4月からは内陸の職場に戻り、北上市の自宅では全く星を見る気にはなれないので、石鳥谷の実家でのガイド撮影をメインにし、ポータブル赤道儀でいくらでも空の暗いところに出かけて写真撮影したりしています。写真も一眼デジカメを使用するようになってからは撮影後に画像処理をしたり、スタッキングしたりして、かなり自由にきれいな写真が得られるようになっています...機材のお金もますますかかっていますが。


 天文マニアには、ただ観望して楽しむタイプ、星座にまつわる神話に詳しいタイプ、自作望遠鏡などの機材に没頭するタイプ、天体写真にこだわるタイプ、新星や彗星を発見しようとするタイプ、太陽黒点や軌道計算などの天文学を極めるタイプなどいろいろな方がいますが、私は天体写真がメインです。特にも、写真の中にいくつもの小宇宙が浮かび、大宇宙の広さを感じさせるような写真を目指しています。過去には、「天文ガイド」(1976年7月号)には「細月の没」(白黒写真)を、「星ナビ」(2005年7月号の雑誌及びホームページ)には「M51の中に現れた超新星」(デジカメ写真)を掲載していただきました。

 FacebookなどのSNSを見ていると、ものすごい写真ばかり目に付きます。高価な天文用カメラを使用し、きちんとして観測所に据えた大きな赤道儀を使える人には、逆立ちしても叶わないジプシー星好きです。退職したら、じっくりと系外星雲の撮影を楽しみたいと思っています。


使用してきた天体望遠鏡      使用してきたカメラ

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